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メッセージ本文

スペインの統合教育

現在のスペインでは、基本的にすべての子供たちの義務教育は統合教育です。スペインでは小、中学校あわせて8年間の一貫義務教育制になっています。以前は盲学校がスペイン国内5箇所にありました。1984年か5年ごろから、スペイン盲人協会の方針として、子供たちを公立、私立を問わず家から近い学校に通わせる事としました。
この統合教育のパイオニアとなったのがバスク州です。州政府が「教育は万人のためのものだ」という方針を明確に打ち出して、実行したからです。バスク州三県では全国に先駆けて、1984年に「視覚障害者リソースセンター」を開設しました。視覚障害児童を支える教員をチームとして配置するのですが、各教員は視覚障害児童が学ぶ学校に出向いて、点字の教科書の作成、学校への適応訓練等、児童が必要とする教育サービスを行います。一週間に一度の割合で各児童を支援します。この州政府の取り組みに盲人協会が合意し、政府に必要な材料を提供したのです。たとえば、点字教科書作成のために点字印刷機を提供する、白杖の使い方やルーペの使い方、パソコンの使い方を学ぶために盲人協会のリハビリテーション施設と器機、サービスとを提供するといった具合です。これは盲人協会にしかできないことで、まさにその特色をフル活用しています。現在はパソコン等のハイテク機器を使って教育を受ける必要がありますから、視覚障害者関連のパソコンのハードウェアやソフトウェアを盲人協会が提供しています。
たとえば、ビルバオ市のあるビスカヤ県のリソースセンターには、30人の専門家が働いています。3名は点訳専属、22名は教員で一人の教員が7名〜9名の生徒を受け持っています。それぞれの生徒が学ぶ学校を訪れて必要な支援を行うのです。最近は特に視覚障害者用パソコンソフトの習得を、盲人協会が主導で行うことが重要になってきました。また、白杖の使い方、学校内の移動、教師とのコミュニケーション、残っている視力の有効活用(これは全盲の生徒よりも弱視の生徒のほうが多いと言う事情からです)、このような支援を行っています。
ルーペやソフトウェアなどの必要な器機を、盲人協会が無償で貸し出しています。児童は義務教育の間は無償で必要なサービスを受けられます。必要であれば奨学金を申し込むこともできます。盲人協会が奨学金を出すのです。
このようなバスク州の取り組みは、徐々にスペイン国内に広がっていきました。しかし、州によって多少の違いがあります。バスク州では州政府がリソースセンターの必要な経費をすべて負担します。盲人協会は負担しません。たとえばリソースセンターの15人分を州政府が、残りの15人分を盲人協会が負担する、30人全部盲人協会が負担するというところもあります。これは州政府と盲人協会の各州支部との話し合いで、双方の負担率が決まります。
日本では、未だに熱意ある教師や教育委員会の個人的な努力で、統合教育が支えられています。このスペインの事例のように、ヨーロッパの国々では、まず「統合教育」の仕組みをつくります。そしてそれに必要なリソースセンターや教員といった、物的、人的な配置をします。そしてそれにかかる予算を計上します。このような組織だった取り組みが、実りある統合教育に必要なことだと思います。

次に大学のことですが、これは義務教育とはちょっと考え方が異なります。盲人協会では大学レベルの教育を受けようとする人たちは、「自立した大人」とみなします。だから州政府も盲人協会も最低限の支援しかしません。本人が白杖の使い方を教えてほしいと希望すれば、そのサービスを提供します。でも、義務教育児童のような方法での支援ではありません。18歳以上はもう成人ですから、ほかの障害のない成人たちと同じように、自分自身で自分自身のことを決めることが要求されます。奨学金や適応訓練と行ったサービスは受けられますが、義務教育のときとは扱い方が違います。
日本では、大学入試の時間延長が画一的に決まっていますが、スペインでは全く違います。自分が受けたい大学と、どんな形で試験を受けたいのか、どんな配慮をしてほしいのかを、自分で交渉して決めます。大学に入った後も同じで、教科書や授業で配られる資料、板書の文字など、すべて自分で各担当の教授と交渉して決めるのです。「大学生は大人である。大人であるということは、自分で働けるということ」を意味します。だから「自分のことは自分でする」という考え方が、視覚障害のあるなしに関わらず、貫かれています。日本よりも、個人の資質が大きく問われます。
スペイン盲人協会では、外国からスペインに来て勉強する視覚障害者に対しての対応も行っています。州政府の支援と盲人協会の支援両方とも受けられます。まず、盲人協会の支援について、奨学金とリハビリテーションは除外です。ハイテク機器の使い方などのサービスは外国人でも受けられます。そこがスペイン国民である成人の視覚障害者との違いです。州政府はほかの外国人と同じように最低限の支援を行います。それは「教育は万人のため」という方針が土台になっています。
盲人協会は外国人の子供たちには、スペイン国民の子供たちとまったく同じ支援とサービスを行います。でも成人は違います。成人は働くことができるとみなされるので、資金的な支援はしないのです。
(終わり)

失明から職業復帰までのプロセス

インタビューに答えてくださった、クラウディオさんを例に、盲人協会への入会から職業復帰に至るプロセスを書いてみます。
クラウディオ・コンゴストさんは、18歳のときに交通事故で失明しました。
「すべてを失ったような気がしましたよ」
と、当時を振り返ります。
スペイン盲人協会では、通常の視力の10%以下、もしくは視野の10%以下の人たちを「視覚障害者」と認定します。それよりも見える人は盲人協会のメンバーにはなれません。このような眼科分野の条件を満たす人だけが、盲人協会のサービスを受ける権利を持ちます。
盲人協会入会の第一歩は、協会専属の眼科検診を受けることから始まります。そこで「視覚障害」と認定を受けたクラウディオさんは、盲人協会への登録の手続きを行いました。まず、会員証の発行があります。これはクレジットカードぐらいの大きさで、本人の写真が貼られていて、点字と普通文字で会員番号が書かれているものです。次はいろいろなサービスのオリエンテーションがあります。
そこで、社会復帰をしたいと希望した彼は、バルセロナにある中途失明者のリハビリテーションセンターで、一年間社会復帰のための集中研修を受けます。歩行から料理、裁縫に至るまで、一人一部屋のホテルのようなところに一年間宿泊して、研修を受けたそうです。日本よりもかなり時間をかけた集中的なリハビリテーションです。ちょっと厳しいと思われる方もいらっしゃるかと思います。重要なことは、「本人が社会復帰を希望する」という意志を示さない限り、このリハビリテーションは受けられません。あくまで本人の意志が尊重され、本人も自分の意志で選んだ道だからこそ、一年間という長く厳しい訓練に耐えられるのです。
次に彼は、職業訓練を希望しました。その訓練を受けるために、ちょっとはなれたところに行ったそうです。でも今はその必要はありません。自分の住んでいるところで職業訓練が受けられます。彼はそこから紆余曲折があって、今のスペイン盲人協会に就職したそうです。1980年代は、それほど職業を見つけることは困難ではなかったそうです。でも今はもっと事情が厳しいと彼は言います。
(終わり)

宝くじ以外の職業状況

盲人協会の収入が増えたことで、視覚障害者にもっとたくさんの融資をしたり、サービスを向上させたりすることができるようになっていきました。この大きな収益のおかげで盲人協会は一つの会社であるだけでなく、視覚障害者のためにいろいろなサービスができる組織になりました。リハビリテーション、ソーシャルワークサービス、点字のIT技術サービス、弱視のためのサービスなどです。それまでは宝くじ販売員としてで働く視覚障害者がいただけだったのですが、この頃から視覚障害分野のエキスパートたちが、リハビリテーション分野から教育分野に至るまで、たくさん出て来るようになりました。1987年〜88年にかけて、教育・リハビリテーション・弱視のための施設がスペイン5箇所にできるまでになりました。
職業対策の一つとして、1989年、盲人協会はホールディングを設立しました。そこで視覚障害者を含むさまざまな障害者を雇用しました。経営は盲人協会です。具体的な職種としては、たとえばスペインでもかなり大手の清掃業務の仕事があります。警備業務、ホテルもあります。ホテルの経営者とフロント係は視覚障害者です。
数は少ないのですが、大学を出て違う仕事に就く視覚障害者も出てきています。しかし、民間企業で働く視覚障害者は、まだまだ数が少ないのが現状です。企業で障害者を雇うメリットはあります。たとえば、ある企業で35歳以下の女性の障害者を雇用すると、スペインの法律で社会保険料の5%だけを会社が払い、残りの95%は政府が払います。これは企業にとってはかなりのメリットです。しかしこのことが企業経営者になかなか理解されていません。盲人協会でも、企業に就職した視覚障害者には必要な機器、たとえば音声ソフト、画面拡大ソフトなどを会社に無償で貸与しています。スペインの企業で仕事を見つけるのは、なかなか難しいことです。
もちろん、盲人協会で違う仕事をする視覚障害者も出てきています。点字関係、主にIT技術関係です。それに、心理学者、ソーシャルワーカーなどもでてきています。以前はこういう仕事を目の見える人たちが行っていました。もちろん、目の見える人でないとできない仕事もあります。リハビリテーション関連です。歩行訓練士、視能訓練士などは完璧に目の見える人でないとできません。
視覚障害者に戻れば、弁護士や理学療法士(物理療法士)もいます。理学療法士は病院で働く人と、自分で開業している人とがいます。時期はわかりませんが、スペイン盲人協会は視覚障害者のための理学療法士の学校を設立しました。国内のほかの学校と比べても大変よい学校とのことです。毎年約25人ぐらいの生徒が学べる学校です。今は大学で健常者を対象にした理学療法士のコースができました。その意味では、この分野では盲人協会はパイオニアといえます。しかし、視覚障害者の理学療法士がたくさんいますが、それ以上に健常者の理学療法士が増えていて、この職業も目の見える人たちとの競争で、大変厳しい状況にあります。
(終わり)

盲人協会の宝くじ

「盲人協会の成り立ち」で、協会が国から正式認可を受けた時、宝くじの販売を、正式に視覚障害者専属の仕事として認可されたということをお話ししました。わかりやすく言えば、現在のみずほ銀行の宝くじ部門の業務を、盲人協会専属のビジネスとして行ってきたということです。
1984年にスペイン盲人協会は宝くじの番号を全国統一しました。このことは、盲人協会の収益増加に、とても重要な役割を果たすこととなります。それまでは各州ごとに違う桁数の番号の宝くじを売っていました。それを全国4桁の番号で統一し、これによって盲人協会はかなりの収益を上げられるようになりました。
盲人協会の宝くじは、毎日何名かの当選者がでます。当選番号は朝刊で告知されます。宝くじの販売は、1970年代までは盲人協会専属でしたが、1980年代に入りスペインに民主化の波が押し寄せてくると、盲人協会専属ではなくなりました。しかし、国民の中には「盲人協会の宝くじ」として、すっかり定着していましたし、盲人協会の幹部もほかの会社に負けないような経営努力をしました。その結果、今でも宝くじの収入は、盲人協会が一番です。その企業レベルは、スペイン国内でもかなり収益のよい優良企業の一つです。
スペインに行くと、どなたでも通りで宝くじを売っている視覚障害者の姿を見ることになるでしょう。日本ではすっかり姿が少なくなりましたが、小型の電話ボックスのようなキャビンが、街のあちこちに立っています。そこには「ONCE(国立スペイン盲人協会)」と書かれていて、その中で視覚障害者が宝くじを販売しています。一枚1ユーロです。
盲人協会の宝くじ収入は免税の対象です。そのことによって、盲人協会はそのお金をすべて視覚障害者のサービスに使うことができるようになりました。また、1988年に視覚障害以外の障害者、知的障害、肢体障害、聴覚障害などあらゆる障害のための基金を設立しました。盲人協会の収入の3パーセントの資金をこの基金に、47%を給料や建物維持等の経費に、そして残りの50%を視覚障害者のサービスに当てています。
盲人協会は全国で常時22,000人の宝くじ販売員を雇用しています。今はそのうちの半分は視覚障害以外の障害者です。現在宝くじを売る人の一ヶ月の収入は焼く1500ユーロ。クラウディオさんが若いころは90%以上の宝くじ販売員が視覚障害者でした。年々そのパーセンテージは減っています。とはいえ、盲人協会では宝くじ売りの仕事をしたいと希望すれば、明日にでも雇うことを実行しています。そういう機会はまだ保障されています。
(終わり)

 

スペイン盲人協会の成り立ち

国立スペイン盲人協会(ONCE)レポート

局は大学時代にスペイン語を専攻しました。たまたま聞いたスペイン語が超かっこいい響きだったからです。実は、ものすごーくミーハーなのであります。ことばを学んでみるとやっぱりそこに愛着がわいてきて、卒業旅行を皮切りに、小金がたまればスペインに行っています。結婚後も機会があれば、弱視の夫と二人でスペインを旅行します。気ままな個人旅行がわれら夫婦の旅のスタイルです。
2009年10月30日、旅行で訪れたスペイン北東部にあるビルバオ市で、国立スペイン盲人協会バスク州ビルバオ支部長の、クラウディオ・コンゴストさんにスペインの視覚障害者事情をいろいろと伺いました。それをご紹介します。バスク州はスペイン北東部、フランスとの国境に位置しています。一大工業地帯で、経済的にもスペインを支えています。
日本とは全く違うノリ、歴史、風土、文化を持つスペイン。盲人協会」だって、成り立ちや、形態、職業など、あっと驚くことがたくさんあります。世界的に見ても大変珍しい形態で、きっと何か参考になることがありそうです。何はともあれ、読み始める前にこれだけは、しっかりと心にインプットしてください。
『スペイン盲人協会は、盲人協会であると同時に、一つの企業である』

1.盲人協会の成り立ち
ほかのヨーロッパ諸国では、第二次世界大戦で失明軍人が大量にでたことから、国立の盲人協会の設立を政府に要求し、政府から資金的援助を受けることになりました。スペインの場合は、歴史的事情から独自の道のりをたどりました。1936年7月から1939年3月まで、国内で内戦が勃発しました。フランコ将軍が率いる軍事政権が勝利し、将軍が没する1975年まで、軍事独裁政権が続いたのです。この内線で多くの失明軍人を出すこととなりました。
1938年まで、盲人協会はそれぞれの自治区(自治区は17州あります)の小さな会でした。1938年に統合して一つの盲人協会をつくり、時のスペインの統治者であった独裁政権のフランコ将軍に、国立の盲人協会として認可してくれるように申し入れをしたのです。将軍はこれを受け入れ、1938年12月13日に国立スペイン盲人協会が設立されました。スペインの人口のほとんどがカトリック教徒です。12月13日は、盲人協会の守護神である聖ルシアの記念日に当たります。この日から現在に至るまで71年間存続しています。すべてのスペインの視覚障害者が一つの盲人協会の元に団結してきました。
内線直後のスペイン国内は国土が疲弊し、資金も底をついてしまったために、第二次世界大戦には参戦しませんでした。そんな状態ですから、視覚障害者に資金的援助をすることは、当時の政府にはできませんでした。そこで将軍は、国立盲人協会だけに宝くじの販売を、正式に視覚障害者専属の仕事として許可しました。「お金は出せない。仕事を与えるから、それで何とかやってくれ」ということです。
スペインの視覚障害者は、そのときから通りに出て宝くじを売っています。そして盲人協会は宝くじの収入で、自分たちのためのサービスを自分たちで行うようになっていったのです。当時の盲人協会は宝くじを売る視覚障害労働者の会社でしかありませんでしたが、自分たちで運営して、自分たちで稼いだお金を自分たちで使うという利点がありました。この形態は今も同じですが、当時の軍事政権の特徴として、盲人協会の役員を国が指名していました。1975年にフランコ将軍が没するまで、戦争によって失明した軍人や独裁政権の党員の盲人の中から指名したのです。そうして盲人協会は1982年まで、こんな具合に成長していきました。
フランコ将軍没後、スペインにも民主化の波が入ってきました。そして1982年、スペイン盲人協会内部で初めて民主的な全国レベルの選挙が行われました。初めて盲人自身が自分たちの協会の役員を選んだのです。
協会の役員には、視覚障害者の代表として政府と交渉するほかに、宝くじを売る企業の役員としての経営センスが求められます。つまり国立スペイン盲人協会は、盲人協会であると当時に、宝くじ販売を生業とする一企業でもあるのです。しかもその売り上げ・業績は、常にスペイン優良企業に入っているという成績です。これは世界的にも珍しい、盲人協会の形態です。
(終わり)

大爆笑!アテンドエピソード

弱視の夫と二人で台北に旅行した時のエピソード。
 
2012年ごろだったと思います。台北へのC航空利用のツアーを、日本の旅行会社で申し込みました。理由は単純で、価格が一番安かったからです。旅行会社にツアー申込をして、「二人とも弱視であること」を申告しました。そして、「航空会社に台北の空港でだけアテンド(飛行機を降りたところから、空港を出るまでの案内と誘導)をお願いしたいので、頼んでください」と旅行会社にお願いしました。
 
翌日旅行会社の方が、とても申し訳なさそうな声で電話連絡を下さいました。
 
「あのう…、航空会社にお話ししたところ、『アテンドは行きと帰りの空港セットになっており、それぞれで違う対応はできません。また、障害に関係なく車いすでの移動をしてもらう決まりになっています」とのお答えがきました。いかがなさいますか?」
どっひゃー、今どきまだこんなことってあるんだ!!20年前にタイムスリップしたというのが、私の正直な感想でした。しかし、しかしです!たまたま航空会社の担当者がいけてなくて、大きな勘違いという可能性だってあるかも?しれません。もう少し頑張ってみようと思い、次のようにお願いしました。
「航空会社にこう伝えてみていただけますか?『視覚障害者なので車いすは必要ないこと、二人とも弱視で人の後について歩けること、ゆえに係員一人のアテンドで十分なこと、日本の空港は何度も利用していてなれていること』、この4つです」
 
旅行会社の方は快く承知してくださいました。そう、私たちと旅行会社は、ツウカーなのです。みなさん、よーく考えてみてくださいな。わたしたちの希望は、航空会社にとっても、すごくよい条件ではありませんか?人員は一人だけでいいし、車いすなどの機材を使わずに済むのですから。仕事の量や負担が減ってお客様に喜ばれるなんで、ビジネス的には超ラッキーです!!
 
そして翌日、大爆笑の回答が返ってきたのです。
 
「航空会社から『私どものやり方に同意できなければアテンドはしません』との回答が来ました」
電話口で大爆笑なんて、局の品位にかかわるので必死でこらえ、次のようにお願いしました。
「それはわたしたちのニーズには合わないので、丁重にキャンセルしてください。くれぐれも丁重にでお願いしますね」
勿論、日本の航空会社のツアーに切り替えていただくことも忘れませんでした。電話を切るか切らないかでとうとう我慢が限界を超えてしまい、涙を流して大爆笑しちゃいました。
 
国際線は国内線に比べて選択肢がいろいろありますから、私が受けたいサービスを提供してくれる航空会社を、かなり自由に選べます。国内線のように、その国独自のサービスの考え方や障害者理解のレベルに縛られることもありません。
でも国際線は違います。まさにグローバルな競争なのです。そんな時代にこのサービスモデル、他国ながら心配しちゃいます。同じアジアの国として、日本の局の一人としてアドバイスしたくなります。
 
「もう少し落ち着いて!!ビジネスの基本に戻って考えようよ。誰がお客様?お客様のニーズにできるだけ合理的に応えるにはどういう仕組みづくりをする?」
 
ちなみに、旅行会社は大変良く私たちを理解して、航空会社と私たちの板挟みになりながらも、とても誠実に対応してくれたことを申し添えます。
 
ゆっくりでいいから、グローバル化の競争についてきてね。ぼーっとしてると置いて行っちゃうよー!!

目を使わずにどうやって店を見つけるか

今回は、全盲者がどうやって目的の店までたどり着くかという話題です。
僕自身はもちろん何気無くやっていることなのですが、この手の話題はよく質問されることが多いので、「見える人にとっては興味深いのかな?」と思って、書いておくことにしました。

駅やバス停などの最寄りの公共交通機関までは自力でたどり着くとして、そこから目的の店までのたどり着き方には幾つかの方法があります。

事前に店に道順を聞いておく場合

僕はあまりしないのですが、多くの全盲者が行う方法です。確実性が高いので、僕も心配なときには使います。
電話の際には全盲であることを伝える場合もありますが、大抵は相手がうろたえてしどろもどろになっちゃうので、見える人人を装うことが多いですw

ネットで道順を確認する場合

お店によっては、Webに地図と一緒に道順が書いてある場合があります。電話よりは確実性が低いですが、感覚的には電話よりはストレスが低い気がします。
しかし地図しか載ってないサイトが多いので、空振り率が高いのですがw
健常者でも女性の場合、「地図よりも言葉で道順を教えてほしい」という人は多いので、サイト製作者さんは参考にしてくださいね(^-^)

GPSを使う場合

これは僕が最も多く利用する方法です。特に初めての場所では100%利用しています。
GPSには色々なデバイスやアプリがありますが、僕はiPhoneのアプリを数種類使い分けています。これについては別の機会に、改めて詳しく書きますね。

感覚の使い方

上記のどの方法を使うにせよ、最終的には自分の感覚が頼り。特に店のすぐ近くまで来ているときのラスト5mほど、店の入り口を最終判断する場合、こんな感覚を使っています。

  • 音楽が聞こえてくる場合、そこが出入り口になっているケースが多い
  • 特定の店舗や施設で流す音楽の種類はいつも同じである。したがって、例えばいつもヒップホップを流している美容院が、急にジャズや民謡を流すことは皆無である
  • 香りにはその施設の特徴が出るため、目的の施設を嗅ぎ分けることができる。飲食店なら食材、スーパーマーケットなら成果、書店ならインク、金融機関もATMやCDのリボンから出るインクの香りが目印になる
  • 温度の違う風がくる場合は冷暖房の効果なので、そちらに出入り口がある。ちなみに、顔の大きさ程度の局所的な風なら、換気扇の可能性が高い。また換気扇の風の香りも上述の通り大切なファクターである
  • 足付記マットや金属の板を足で感じたら、その先に出入り口がある。ただし足付記マットで躓くことがある。また足付記マットで点字ブロックが隠されているケースが多い

上記は「設備と管理」で僕が隔月連載している「発想の転換が生み出すこれからのバリアフリー」の、2013年11月号(10月発売)の記事で詳しく書いています。
よろしければぜひお読みください。

次回は外出時の成功談とか失敗話なんかを書こうかと思いますので、特に失敗談は笑って読んでくださいね(^^;

2013年の足あと

January

「イノベーションカンファレンスin名古屋」イノベーションカンファレンス全体風景

小雪ちらつく中、IDS初の大規模ワークショップの開催。
名古屋のリードユーザにも大活躍していただきました!

 

February

「隊長が同棲?初のインターンシップ生がやって来た!」インターンシップ生と隊長の2ショット

名古屋から遥々東京へやってきたインターンシップ生の栗田君。
来るや否や珍事件が勃発!東京での滞在予定だった友達の家がNGに。
泊まるところが無くなってしまったのです・・・そこで急遽、隊長の家にお泊りすることに。1か月半に渡る男2人暮らしのスタートです。
 

March

「今年も行ってきました高尾山」高尾山登頂

毎年恒例(と言っても2回目ですが)の高尾山登山に行ってきました。
前回はケーブルカーに乗って中腹まで一気に登っていましたが、今年は徒歩での完全登頂を果たしました!最後の階段は本当にきつかった?。
だからこそ山の上で食べるご飯&ビールは格別の味!

April

「研修&調査でてんてこ舞いの日々」憧れの青空

新入社員研修やユーザ調査で各々外出する日々。
なかなか3人でオフィスに揃う日も少なく。
そんなときは青空を見上げると気持ちがリセットされます!

 

May

「慶應生にIDWSを体験してもらいました」慶応際学生と一緒にIDWS

牛島ゼミの皆さんにインクルーシブデザインワークショップを実体験してもらいました!
若さあふれるディスカッションはわくわくするアイディアがたくさん。
やっぱり若いっていいですね♪
 

 

June

「NHKラジオすっぴんの収録」ラジオ収録中

ラジオの放送は,まるで一緒にワークショップを体験しているよう。
ちょっとフィールドワークに行った気分で聞いてみてください。
http://radioya.net/files/0712genmba.zip

 

 

July

「イノベーションを生み出すデザイン思考セミナーwith日経BP社」デザイン思考セミナー

東京での初の大規模セミナーの開催。
100名超える参加者に会場は熱気でいっぱいに。
講演から事例発表、ワークショップまで盛りだくさんな1日でした。

 

 

August

「沖永良部島ライフスタイル実体験with石田先生ご夫妻」沖永良部での畑作業

東北大学大学院の石田教授の沖永良部のお家「酔庵」で1週間のライフスタイル体験してきました!
まさに自然を活かし、自然に活かされているということを肌で感じた1週間。
島の人々のあたたかさもたっぷり頂きました。

 

September

「ユニバーサルキャンプin八丈島」UDについて話を聞く

今年も新たな出逢いと気づきを得る事ができました。
去年以上に今年感じた事は受け身ではダメということ。
待っているだけでは情報もとることができないし、相手が何を思っているかということもわからないし伝わらない。
積極的なコミュニケーションをとることで繋がるということを体感できた3日間でした。

 

October

「バックキャスト思考セミナーon東北大学」バックキャスト思考セミナー

人間って不思議です。リードユーザの「ために」アイディアを考えるとフォアキャスト思考になってしまうんです。そんなジレンマと戦いながら考えたバックキャスト思考のアイディアはリードユーザと「ともに」楽しめるアイディアばかりでした。

 

November

「毎月開催のインクルーシブデザインワークショップ体験会」インクルーシブデザインワークショップ体験会

去年から毎月開催している体験会。
今年は、「高齢者社会の安心安全で楽しい外出をデザインしよう」をメインテーマに。
最近のプロトタイプ発表は、1分間のCM寸劇。
はじめて会った企業担当者同士も短時間でぐっと距離が縮まるんです。
イノベーションだけでなく、チームビルディングにも効果ばっちりですね!
 

 

December

「セブン銀行ATM体験会」セブン銀行ATM体験会

今年最後のイベントは、隊長が教える視覚障がい者向けATM体験会。
音声ガイダンスサービスを利用した操作は受話器を使います。
はじめての体験する人も多く、「これなら自分でできる!」と満面の笑みを浮かべていた参加者の顔が今でも忘れられません。

 


今年一年大変お世話になりました。

今年は新たな出逢いだけでなく、懐かしい出逢いが多くの繋がりをつくってくれた1年でした。
これからも皆さまとのご縁を大切にし、前へと進んでいきたいと思います。

2014年もインクルーシブデザイン・ソリューションズどうぞよろしくお願い致します。

井坂智博・松村道生(隊長)・高山希
今年一年ありがとうございました。

 

ATM体験会ワークショップ開催終了しました!

音声ガイドサービスATMを参加者が操作している2013年12月4日(水)に開催した「みんなのATM体験ワークショップ」が無事終了致しました。
当日は、18名(各回9名)の視覚障がい者の方にご参加いただき音声ガイダンスサービス付のセブン銀行ATMの操作を体験をして頂きました。
はじめてATMの機器に触れた方、過去に一度だけ触れたけど途中で操作ができなくて諦めた経験のある方、他行のATMを利用している方など、経験も知識もさまざまな方々にご参加いただきました。

ATM体験会と並行して開催した座談会では、「日常のお金の引き下ろしってどうやっているの?」「金融機関で体験した困ったエピソード」など参加者同士の情報交換の場として、普段なかなか聞けないお金の話についてお話いただきました。
また、当日ご協力いただいたセブン銀行の方々にも座談会に加わっていただき、ATM操作についてや仕組み、ATM機器の開発秘話などさまざまな質問にお答いただきました。


(参加者の声)

  • 思ったよりも簡単だった!
  • 私でもお金の引き下ろしができちゃった。これで人に頼まなくても一人でATMが使える
  • 今日の体験会に参加して本当によかった
  • 家の近くにセブンイレブンはないけど、外出した時にセブンイレブンを探せばセブン銀行を見つけられるから安心して外出できそう
  • これからは外出の際にセブンイレブンを見つければ気軽にお金がおろせる
  • この体験をもっと多くの視覚障がい者の人に広めたい
  • 全国どこのセブン銀行を利用しても操作方法が同じというのは素晴らしい!

参加者同士の情報交換の場

 視覚障がい者向け「みんなのATM体験ワークショップ」

日程:2013年12月4日(水)
    1回目13:00?15:00 / 2回目15:00?17:00
場所:イトーヨーカドーアリオ西新井店セブン銀行出張所
    東武伊勢崎線「西新井駅」西口から徒歩8分
定員:各回定員8名
共催:東京都盲人福祉協会・青年部会
    株式会社インクルーシブデザイン・ソリューションズ
協力:株式会社セブン銀行
 

ATM体験についてのお問い合わせは電話もしくはメールにてご連絡ください(担当:高山)
TEL:03-6268-8028
メール:moshimoshi@i-d-sol.com